『ファイト・クラブ』規則にはいくつかの版がある

ファイト・クラブ規則第一条、ファイトクラブについて口にしてはならない。

チャック・パラニュークの長編小説を原作とし、デヴィッド・フィンチャー監督、エドワード・ノートンとブラッド・ピット主演で大ヒットした映画『ファイト・クラブ』。

そのストーリーとともに印象的なのがファイト・クラブの規則 (ルール) です。もし規則第一条を知っている人なら、続く第二条を知らないはずはないでしょう。

ファイト・クラブ規則第二条、ファイトクラブについて口にしてはならない。

第二条は、第一条のそのままの繰り返し。口外禁止の強調であると同時にどこか味わいのあるこの箇所は、誰かが何かのルールその 1 を述べた時には、ルールその 2 としてすかさず復唱するというお約束を生み出しました。

ところでこの規則、映画版と小説版とで異なっています。

目次
  1. 映画版ファイト・クラブ全規則
  2. 小説版ファイト・クラブ全規則
  3. 規則第三条について
    1. 第三条の出典
  4. 語り手「ぼく」による全規則
  5. 語り手版の規則の言い直し
  6. 第三条の意図的な除外
  7. 参考リンク

映画版ファイト・クラブ全規則

映画版はこう。

  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  3. 相手が "降参" を宣言するか、たとえ演技であっても気絶した場合、その時点でファイトは終了
  4. ファイトは一対一
  5. 一度に一ファイト
  6. シャツと靴は脱いで闘う
  7. ファイトに時間制限はなし
  8. ファイト・クラブに初めて参加したものは、必ずファイトしなければならない

ブラッド・ピット演じるタイラー・ダーデンがファイトクラブ会員に規則を説明する場面で、全規則が初めて登場します。訳は小説に合わせました。

小説版ファイト・クラブ全規則

小説版はこう。

  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  3. ファイトは一対一
  4. 一度に一ファイト
  5. シャツと靴は脱いで闘う
  6. ファイトに時間制限はなし
  7. ファイト・クラブに初めて参加したものは、必ずファイトしなければならない

文庫版の袖から引用しました。

規則第三条について

映画版が全八条であるのに対し、小説版は全七条です。

ファイト・クラブ規則第三条、相手が "降参" を宣言するか、たとえ演技であっても気絶した場合、その時点でファイトは終了。

映画版にはこの第三条が挿入され、小説版の第三条以降が繰り下げられて全八条になっています。

作品を映画化する際に何らかの理由から原作を改変したということでしょうか? 例えば映画を見て真似する人が出ることへの考慮だとか。いかにもありそうなことです。でもそれが第四条でもなく第五条でもなく、第三条であるのはどうしてでしょう?

第三条の出典

そんなことを考えながら文庫をぱらぱらと読み返していたところ、当該の規則を見つけました。強調は引用者です。

 コピー屋の小僧を見て、一月前見かけたときは三つ穴パンチで穴を開けて綴じろという注文だったか、一組ごとに色紙を挟んでおけと言われていたか首をひねっていたが、小僧の二倍はあろうかという体格のエリート広告営業マンの息が止まるような強烈な蹴りを決め、次にエリートに馬乗りになり、規則にしたがってファイトが中止されるまでさんざんに殴りつけたあの十分間、その小僧は神だったことを思い出すかもしれない。相手が "降参" を宣言するか、たとえ演技であっても気絶した場合、その時点でファイトは終了する。その小僧を見かけるたび、あのファイトは見事だったと喉まで出かかったとしても、口に出すことはできない。

これは作中で規則が初めて登場する場面で、タイラーではなく、語り手である「ぼく」によって記述されています。「第三条」と明記されてはいませんが、この箇所の少し前には第二条が述べられ、すぐ後には「ファイトは一対一」という規則が現れます。

つまり、映画版第三条はオリジナルではないのです。また、それが第三条なのは、原作にならったことが理由だったというわけです。

語り手「ぼく」による全規則

改めてこの場面を読んでみると、おかしなことに気が付きます。

ファイト・クラブ規則第一条、ファイト・クラブについて口にしてはならない。(……)

ファイト・クラブ規則第二条、ファイト・クラブについて口にしてはならない。(……)

相手が "降参" を宣言するか、たとえ演技であっても気絶した場合、その時点でファイトは終了する。(……)

ファイトは一対一。一度に一ファイト。シャツと靴は脱いで闘う。時間制限はなし。それがファイト・クラブの残りの規則だ。

比較しやすいようにリスト化するとこうなります。

  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  3. 相手が "降参" を宣言するか、たとえ演技であっても気絶した場合、その時点でファイトは終了
  4. ファイトは一対一
  5. 一度に一ファイト
  6. シャツと靴は脱いで闘う
  7. ファイトに時間制限はなし

件の第三条を含めても全七条しかありません。映画版の第八条、前掲の小説版第七条にあたる「ファイト・クラブに初めて参加したものは、必ずファイトしなければならない」への言及がない。しかも、「それがファイトクラブの残りの規則だ」とまで語り手は言い切っています。

語り手版の規則の言い直し

さらにちぐはぐなのは、そのすぐ後の場面で行われるタイラーによる規則の言及です。この箇所は、土曜日の夜、閉店したバーの地下で行われるファイトクラブが初めて描写される場面で、映画版で規則が最初に登場する場面に該当します。

タイラーの第一声はこうだ。「ファイト・クラブ規則第一条、ファイト・クラブについて口にしてはならない」
 続けて、「ファイト・クラブ規則第二条、ファイト・クラブについて口にしてはならない」(……)

ファイトは一対一。一度に一ファイト。シャツと靴は脱いで闘う。時間制限はなし。
「ファイト・クラブ規則第七条」タイラーが声を張り上げる。「今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、必ずファイトしなければならない」

リスト化するとこうなります。

  1. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  2. ファイト・クラブについて口にしてはならない
  3. ファイトは一対一
  4. 一度に一ファイト
  5. シャツと靴は脱いで闘う
  6. ファイトに時間制限はなし
  7. ファイト・クラブに初めて参加したものは、必ずファイトしなければならない

またしても全七条ですが、今度は件の第三条が抜け落ちていて、映画版の第八条あるいは前掲小説版第七条が追加されている状態。つまり、文庫の袖に書かれているのがこの版の規則です。

第三条の意図的な除外

この不整合はいったいどういうことなのでしょうか?

とりわけ小説版での例の第三条の取扱いがひどく怪しい。上記の場面でタイラーは、語り手が述べた第三条を除外しました。もっというと、禁止した。降参しても気絶してもファイトは終了しない。ファイト終了の禁止。これは、その後の展開に対する象徴的な振る舞いなのかもしれません。

今日学んだこと

  1. 一人称の語り手は信頼してはならない
  2. 一人称の語り手は信頼してはならない

参考リンク

しばらく品切れしていた小説版『ファイト・クラブ』でしたが、2015 年 4 月に新版が読めるようになりました。このエントリでは旧文庫版を参照しています。袖の規則も含め、新版でどのようになっているのかは未確認です。